山村正夫(推理作家)と上野正彦(監察医)との異色対談集。
宗教上の問題なのか、解剖をかたくなに拒否する家族には、「解剖されては困る、不利益が及ぶということがあるのですか?」と聞くと「私たちを疑うんですか」と凄い剣幕で怒り出す遺族がいるそうだ。
「あまりに理屈に合わない反対ばかりしていると、警察の方でも疑いますよ」と言うと、「じゃあちゃんと調べてください」と言って納得するそうだ。
亡くなった人をそっとしておきたい気持ちは分かるが、解剖して初めて分かることがあるので、死者の人権を守るという意味で理解してほしいと言っている。
実際は殺されているのに、それが見過ごされて、事故死扱いされてしまった死体がけっこうあるんじゃないかと言っている。
法医学は死者の声を聞く、その無言の訴えに耳を傾ける。
国家資格を取り医者になった時に、周りの友達はみな臨床医になって、治療医学の最前線で活躍してドラマの主人公のように、患者を治療して感謝され、白衣はまばゆいばかりに輝いて見えた。
それにひきかえ、自分は、いつも死体とかかわり、医者らしくないくらいイメージを持たれ、収入の面でも臨床医と比べ、とても比較にならなかった。
こんな自分を、友人たちはおかしなやつだと思っていたに違いないが、他人の目を気にしない性格で苦にならなかったし、自ら選んだ道に後悔はなかったそうだ。
なり手の少ない法医学の監察医だが、死者の本当の声を聞き、事件を解決に導くのだから、素晴らしい職業だと思った。